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広島高等裁判所 昭和24年(う)581号 判決 1950年3月03日

被告人

田村利雄

主文

原判決を破棄する。

本件を廣島地方裁判所竹原支部に差し戻す。

理由

弁護人博田一二の控訴趣意第一点について。

原審公判調書の記載によればその公判手続において、原審裁判官は各被告人(被告人田村利雄及び其の他原審共同被告人七人)に対する人定質問、檢察官の起訴状の朗読、各被告人(右同)の公訴事実に対する総括的な認否の陳述の後証拠調べに入る前に各被告人(右同)に対し詳細に亘る質問をして其の陳述を聽いて居ることが明らかである。勿論、檢察官の起訴状朗読の後被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を與えなければならないことは刑事訴訟法第二百九十一條の規定して居るところであるから、被告人が自ら進んで陳述するものである以上、それが公訴事実の総括的な認否であると、或は更に進んで犯罪事実に関する詳細な陳述であると、乃至は單なる情状に関する点であるとを問はず、之を許してはならないと云ふことは云えないのであるけれども、現行刑事訴訟法が当事者主義を強調し、被告人訊問の制度を廃止したこと、所謂起訴状一本主義を採用して裁判官は起訴事実につき予断を抱くことのないように手続が組立てられて居ること、右第二百九十一條の手続が終つた後証拠調を行うべきものとされて居ること(同法第二百九十二條)、被告人の自白の供述を内容とする証拠は犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければその取調を請求することが出來ないとされて居ること(同法第三百一條)などを考へ合はせると、証拠調に入る前には被告人が進んで陳述する場合であつてもそれは、どこ迄も公訴事実に対する認否を質して、爭点を整理する範囲において之を許すのが相当であつて、この限度を超え、被告人の陳述自体により犯罪事実の認定や犯情の軽重の判断が出來る程に詳しく質問をすることは現行刑事訴訟法の精神に反するものであつて妥当ではない。勿論現行刑事訴訟法と雖も職権主義を全然否定して居るわけでないから、犯罪事実の詳細な点や犯情等についても被告人に対し、適宜質問をすることは許されることであるけれども、それは証拠調の終了した後にすることが適当である。

以上、説明のように、原審裁判官が証拠調に入る前に被告人に対し詳細な質問(それは実に犯罪の動機、犯罪後の被告人の生活家庭の事情、経歴、前科に迄及んでいる)をしてその陳述を聽いたことは何としても現行刑事訴訟法の精神に合致せずその運用を誤つたものであつて明らかに不当であるけれども直接之を禁止した規定もないので之を以て直ちに違法な手続であるとすることは出來ない。

被告人田村に対する原審裁判官の前記質問の中には論旨に指摘の通り、同被告人が賣買の周旋をした物品が贓物であることを知らなかつた旨の陳述をしたのに続いて「警察や檢察廳では本件についてどう述べたか」との質問を発し、以下、答「警察では盜み出した品であると思ふと述べました。檢察廳では左樣なことを知つて世話をしたことになりました。」問「それはどうしてか」答「裁判所で云へばよいと思つたからであります」問「結局それでは警察や檢察廳では任意に述べた訳かね」答「左樣であります」問「警察や檢察廳ではどういうことで盜んだ品物であることを知つたと述べたのか、その時の事情は」答「事情は述べて居りません」との問答がなされて居るのである。被告人が警察や檢察廳で取り調べられたときに述べたとは通常供述調書に作成されて搜査官の手に在り、それは所謂傳聞証拠の一として、その証拠能力や、その証拠としての提出の時期について刑事訴訟法上制限があり、又勿論それが公判廷において適法な手続を経て適法な証拠としてその証拠調請求が採用される迄は、その内容について裁判官は知つてはならないものである。然るに証拠調前に前記のような質問がされるならばそれは証拠調に入る前に、未だ証拠調の請求があるかどうか、証拠調が出來るかどうか(それを証拠とすることに被告人が同意するかどうか)さえも分らぬ前に、被告人の警察や檢察廳における供述の調書につき証拠調をするのと全く変らぬことになる事茲に至つては最早單に刑事訴訟法の運用に妥当を欠いたというに止まるものではなくそれは明らかに公判における各種手続の順序及び証拠の制限、証拠調の手続を定めた刑事訴訟法や刑事訴訟規則の規定に反した違法の手続であり、而も之によつて其の後になされる証拠調の採否に影響することがある点において実質的に重大な意味を持つのである。現に本件にあつては公判で被告人田村が終始前掲贓物性の認識の点を否認したのに対し最終の公判において檢察官から被告人田村に対する檢察事務官の第二回供述調書の証拠調を請求したのに対し裁判官は之を採用してその証拠調をし、而も該供述調書中右贓物性の認識の点を自白した部分を証拠の一つとして同被告人に対する原判示犯罪事実を認定して同被告人に対し有罪の判決をして居ることが記録上明らかである。(尚被告人が警察で自白していることは結局その供述調書の証拠としての提出がないのに裁判官は知つて居たわけである)從つて訴訟手続における前記法令の違反は本件判決に影響を及ぼすことが明らかな場合であると云はねばならない。そこで刑事訴訟法第三百九十七條第三百七十九條第四百條本文に從つて原判決を破棄し本件を原裁判所である廣島地方裁判所竹原支部に差し戻す。

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